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前橋地方裁判所 昭和27年(行)8号 判決

原告 飯田祐舜

被告 群馬県知事

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十七年十二月一日付で為した、原告から被告に対する自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令第四条の訴願申立を棄却する旨の裁決を取消す。被告が原告に対し為した昭和二十七年三月七日付被告名義二七群農第七〇〇号をもつて別紙目録記載の土地を前記政令第二条の規定によつて原告から農林省に譲渡しなければならない旨の強制譲渡令書の交付処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求原因として、原告はその居村である群馬県利根郡白沢村所在禅定院の住職で、同寺院に家族と共に起居しているものである。別紙目録記載の農地は元禅定院の所有であつたが、昭和二十三年三月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)によつて政府に買収され、同日同法第十六条により原告に売渡されたので原告はその対価を支払い所有権移転登記を経由し、右農地は同法第二十一条によつて原告の所有するところとなつた。右農地は前記白沢村に在住する訴外鶴淵又次が数十年来前記禅定院より賃借して耕作していたものであつたが、前記のように原告に本件農地が売渡されるに際しては予じめ右訴外人において、原告に対する売渡手続が完了すれば右農地を原告に引渡すことを承諾していたのである。ところが本件農地が原告に売渡されたことによつて右鶴淵は先の賃借権を自創法第二十二条によつて失い、且つ原告に対する売渡手続が完了したにも拘わらず、原告が自ら耕作するための本件農地引渡方の申出に応じることなく、かえつて原告になお一年だけ耕作させてくれと懇請し、原告も前記禅定院の住職であり村人には何かと世話になることでもあり殊に鶴淵は右寺院の檀徒でもあるので、この懇請に応じ、同人との間で昭和二十三年度の収穫終了と同時に原告において本件農地の引渡を受けることを約した。そこで同年度の収穫終了後原告は同訴外人に対して本件農地の返還方を請求したが、同人は之に応じることなく耕作を続け、原告は右寺院の住職として事を荒立てるに忍びずその後も口頭で何回か返還方を請求したのであつたが、同訴外人はこれに応じることなくして経過した。しかし乍ら右のとおり原告が右鶴淵に一年間の耕作を許したのは賃貸借ではあるが、この点について農地調整法第四条の許可を受けていないから右訴外人が原告の引渡要求に応じることなく本件農地を占有していることは不法であると云わねばならない。けれども原告は一応昭和二十六年七月中白沢村農地委員会に対し、本件農地の返還方について承認申請をなし、同委員会では同月十四日原告と訴外鶴淵又次とで本件農地を折半して半分宛を耕作すべく、所有権は依然原告をして所有せしめ置く旨の議決がなされた。ところが右委員会が右議決の趣旨を執行せず、議事録も県に進達しないでいるうちに、農地委員会は農業委員会に改組されたため、白沢村農業委員会の農業委員の改選が行われ、右鶴淵又次等が右改選後の農業委員会或いは利根地方事務所に運動した結果、前記農地委員会の議決当時と少しも事情に変更がないにも拘わらず、白沢村農業委員会は利根地方事務所の指令があつたとして本件農地が請求の趣旨記載の政令(以下譲渡政令と略称する)第二条第一項第三号該当のものとして昭和二十六年十月一日付右農業委員会長名をもつて、原告に対し譲渡政令施行令第二条第二項による強制譲渡に関する通知書により同年十二月三十一日までに同施行令第三条の届出方を通知して来た。原告は右届出を前記農業委員会にしなかつたところ、同委員会は本件土地につき政府に対する強制譲渡計画を樹立し、被告は昭和二十七年三月七日付で右計画を認可しその後間もなく、請求の趣旨第二項記載のような強制譲渡令書を原告に交付した。原告は右交付処分を不服として同年三月二十六日被告に対し譲渡政令第四条にもとずく訴願をしたが、被告は同年十二月一日付で原告が訴外鶴淵又次より本件農地の引渡を受けずにいる事実は譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものとして右日時頃右訴願を棄却する旨の裁決をした。しかし乍ら前記譲渡令書の交付処分及び右裁決は同条項の解釈を誤つていて違法であるから取消されるべきである。即ち譲渡政令第二条第一項第三号の法意は、一度自作農として精進する者として売渡をうけた者であつても、その恣意と責に帰すべき事由により耕作を放擲し乃至は放擲しようとするものをそのまゝとするときは、農地の効用を最高度に発揮させようとする農地改革法令殊に自創法の精神に反するが故に、かゝる農地を買収することにしたに外ならない。ところで訴外鶴淵又次は既に七十余歳の老齢であつて、その妻との夫婦だけの家族に過ぎないのに反し、原告方は原告を含めて農耕稼働人員七名であり、原告としては右鶴淵又次から本件農地の引渡を受けさえすれば何時でも農耕に従事すべき決意でいたが、たゞ人情的立場から前記のように無理をせずに経過して来たのであつて、この場合のようにその責に帰すべからざる事由に基ずいて耕作不可能になつた場合は前記法条の法意から考えても同条項の「自ら耕作の目的に供することをやめようとし、又はやめている場合」には該当しないものと云うべきである。もしかゝる場合をも右条項に該当するものとすれば、前記のように賃借権を喪失し、耕作権を有しない右鶴淵又次が偶々法律的の強制手段による引渡行為を敢行せず、温和的交渉による円満引渡を念願とする原告の人情的態度によつて、不当に本件農地の所有権を取得耕作しうる(この点については未だ強制譲渡の買受人は決定していないが、恐らく政府から更に鶴淵又次に売渡されるであろうことは前叙の経緯から推測できる。)と云う結果が生じ、これは道徳人情を重視する者を法は保護することなく却つて道徳人情は勿論法をも無視する者を法をもつて保護しようとする奇怪な結果を現出することとなり、法の意図するところではない。更に譲渡政令第二条第一項第三号はその前提において自創法第十六条によつて売渡を受けた者において売渡を受けた後に耕作に従事した事実の存在を必要とし、その動的状態が耕作をやめ又はやめようとする静的状態に移行せんとする場合の規定であつて、前記のような経緯にもとずいて耕作不可能である状態の場合に適用すべきではない。よつて前示強制譲渡令書交付処分並びに訴願棄却の裁決は違法であるからその取消を求めるため本訴に及ぶ。と陳述し、

なお、被告の主張事実に対し、白沢村農業委員会が被告主張の日時に譲渡政令施行令第二条第一項所定の公告をなし、その後その主張の期間所定の縦覧に供したこと、及び原告が本件農地の売渡を受けた後訴外鶴淵又次より小作料名義の金員を受領して、事実上同人をして右土地を耕作せしめていたことはいずれもこれを認めるが、訴外鶴淵又次方の農耕稼働人員が五名であるとの主張事実は争う。すなわち婿の鶴淵寅之助は大工職であつて、農耕を嫌い、その妻ヤスと共に右又次とは別居し又孫芳房は病身で以上三名はいずれも農耕には従事していなかつたので、又次方の農耕稼働人員は同人とその妻こまの老齢者二名だけである。而して原告が鶴淵又次から前示の如く小作料名義で金員を受領したのは、原告と右鶴淵との間に一年間を限つて賃貸借契約を締結したことによるものであるが、右契約は農地調整法所定の手続を経ていないから法律上無効のものであり、従つて右事実のある一事をもつて譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものとして為された本件土地の強制譲渡計画の樹立は違法である。加之本件農地を自創法により原告に売渡す処分は鶴淵又次においてその争訟提起期間を徒過したために既に確定しているのであるから、行政庁であるからと云つてもはや右売渡処分を取消すことはできないものであるところ、本件強制譲渡計画の樹立は名を強制譲渡に藉りてその実右売渡処分を取消そうとするものである。故に右強制譲渡計画は既にこの点において違法である。と云わなければならないと述べた(立証省略)。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、

答弁として、原告主張の請求原因事実中、原告がその主張の禅定院住職であつて、同寺院に家族と共に起居しているものであること、別紙目録記載の農地は元禅定院の所有であつたが、昭和二十三年三月二日自創法によつて政府に買収され、同日同法第十六条により原告に売渡され、原告主張のとおり売渡手続を完了して原告の所有となつたものであること、右農地は白沢村に居住する訴外鶴淵又次が数十年来禅定院より賃借して耕作していたものであつて、右賃借権が右売渡によつて消滅した後も同人が引続き耕作して来たこと、昭和二十六年七月十四日白沢村農地委員会が原告主張の議決をなしたこと、その後同農地委員会が農業委員会に改組されたこと、及び白沢村農業委員会が昭和二十六年十月一日付で原告に宛て本件農地が譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものとして譲渡政令施行令第二条第二項所定の通知をなしたが、原告は所定の届出をしなかつたため右農業委員会において強制譲渡計画を樹立し、これにもとずき被告が原告主張の日付で右計画を認可し、その後原告に対しその主張の強制譲渡令書を交付したこと及び原告が右強制譲渡令書の交付に対し、その主張の日にその主張のとおりの訴願を被告になし、被告が原告主張の日付でその日頃右訴願棄却の裁決をしたことはいずれもこれを認めるが、白沢村農地委員会が昭和二十六年七月十四日になした議決の趣旨が執行されなかつたとの点、同村農地委員会が農業委員会に改組された際、その委員改選が行われたとの点、その後白沢村農業委員会が昭和二十六年十月一日付で前記の通知を原告になすに至るまでの間の原告が主張する経緯、及び原告方における農耕稼働人員が原告を含めて七名であるとの点はいずれも知らない、その余の事実はすべて否認する。そもそも本件農地が自創法第三条第五項第四号により禅定院から政府に買収された当時、本件農地につき耕作の業務を営んでいたのは小作農の鶴淵又次であつたから、同法第十六条、同法施行令第十七条第一項第一号により政府の売渡の相手方は右鶴淵であるべきであつた。而して事実右鶴淵は同人の外妻こま、長女やす、その婿寅之助、孫芳房の五人家族でいずれも農耕に従事し得るので本件農地を買受けたき旨を再三白沢村農地委員会に申し出たのであるが、禅定院においては住職用として農地を確保すべく画策し、寺世話人、農地委員、推進委員中の一部の者が同寺院の小作人等に対し右寺院近傍の農地を住職である原告の為に残すように強要し、右鶴淵は之に応じなかつたところ、農地買収手続をなすに当り農地の耕作者氏名並びに所有者氏名につき白沢村農地委員会より調査を依頼された同村大字尾合部落推進協議会は本件農地四筆の所有者氏名を禅定院とし、耕作者(買受者)氏名を鶴淵又次(前記四筆中白沢村大字尾合字中村九百四十六番田一反二十五歩中別紙目録記載の部分を除く部分は鶴淵清作)として農地並世帯台帳に記入したが、これがいずれも(鶴淵清作分も同じ)抹消され、所有者氏名欄には飯田祐舜と記入されたものが原案となつたため、右委員会において、本件農地については真実は売渡の該当者でない原告が売渡の相手方として売渡計画が立てられ、しかもこの違法な売渡計画に対し鶴淵又次は無学の老人で争訟の方法を知らずその提起期間を徒過したため、本件農地は遂に所定の手続をへて原告に売渡され右売渡処分は確定し、鶴淵又次は従前禅定院に対して有していた右土地の賃借権を失つたのである。しかし右鶴淵はその後も小作料を禅定院宛或いは原告宛に納入して耕作を継続し原告との間に新たな賃貸借関係が成立しており、原告は昭和二十六年度以降の小作料の受領を拒否してはいるものの、現在に至るも鶴淵又次が本件農地を耕作し、原告は耕作をやめているのである。従つて本件農地は譲渡政令第二条第一項第三号に該当するので白沢村農業委員会は、昭和二十六年十月一日譲渡政令施行令第二条第一項所定の公告を為し、その後一ケ月間同項所定の縦覧に供し、昭和二十六年十月一日原告に同条第二項所定の通知を発し、該通知はその頃原告に到達した。然るに、原告から所定の届出がなかつたので同委員会は前記のとおり本件農地について強制譲渡計画を樹立し、次いで被告の認可及び強制譲渡令書の交付を見たのであつて、本件譲渡令書交付処分及び訴願棄却の裁決はいずれも適法であると述べた(立証省略)。

三、理  由

別紙目録記載の農地は、いずれももと原告の居村である群馬県利根郡白沢村所在の禅定院の所有であつたが、昭和二十三年三月二日自創法によつて政府に買収され、同日同法第十六条により政府から原告に売渡され、右売渡処分はその頃確定し、原告はこの対価を支払い所有権移転登記を経由し、右農地は同法第二十一条によつて前記売渡処分のあつた時から原告の所有になつたこと、白沢村農業委員会が昭和二十六年十月一日本件農地につき譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものであるとして同政令施行令第二条第一項所定の公告をなし、その後約一ケ月間同項所定の縦覧に供し、同年十月一日原告に宛て、同年十二月三十一日までに同政令施行令第三条の届出方を求める同施行令第二条第二項所定の通知を発しその頃これが原告に到達したこと、そして原告が右届出を前記農業委員会にしなかつたので、同委員会が昭和二十七年一月二十九日強制譲渡計画を樹立し、同年三月七日被告において右計画を認可し、同日付の原告主張の強制譲渡令書をその頃原告に交付したこと、及び原告が被告の右譲渡令書の交付を不服として同年三月二十六日被告に対し譲渡政令第四条による訴願をなし、これに対して被告が同年十二月一日付でその日頃右訴願申立を棄却する旨の裁決をしたことはいずれも当事者間に争がない。

そこで以下に本件農地が譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものであるか、ないかの点について判断する。原告が禅定院の住職で、同寺院に家族と共に起居するものであること、訴外鶴淵又次は前記白沢村に居住し数十年来右禅定院より本件農地を賃借して耕作して来たところ、自創法にもとずく原告宛の前記売渡処分により、同法第二十二条によつて同処分と同時に右賃借権を失つたが、その後も小作料名義の金員を原告に支払つて引続き右農地を耕作していたものであることは当事者間に争なく、成立に争のない乙第四乃至第九号証並びに農業委員会長名下の職印及び欄外の割印については成立に争なく、その他の部分については、証人金井恒六郎の証言によつて真正に成立したものと認める乙第十号証、証人鶴淵又次(第一回)、同鶴淵寅之助の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、前記小作料名義の金員は昭和二十三年度分から同二十五年度分までが支払われており、(同二十六年度分も前記鶴淵又次において原告に提供したが受領を拒否された)これらの金員は右鶴淵が本件農地を耕作することの対価として支払つたもので実質においても小作料であり、原告が自創法にもとずいて本件農地の売渡を受けた後、現在に至るまで仮処分の執行によつて耕作ができなかつた間を除き、本件農地は事実上右鶴淵及びその家族において耕作して来たものであつて、原告は全く耕作したことがないことが認められる。而してこのように本件農地が専ら右鶴淵及びその家族によつて耕作され、原告において耕作することがなかつた理由について原告は、原告としては鶴淵から右農地の引渡を受けさえすれば何時でも本件土地の農耕に従事すべき決意でいたが、たゞ人情的立場からその引渡の請求につき無理をせずに経過して来たために外ならない。全く原告の責に帰すべからざる事由にもとずいて耕作不可能になつていたものである旨縷々主張するが、原告の右主張事実は成立に争のない甲第一号証の三の記載、証人松井稔の証言その他原告の提出援用する全立証によつても未だこれを認めるに足りず、かえつて前顕甲第一号証の三乙第四乃至第九号証並びにいずれもその成立に争のない甲第二号証の二、乙第十四号証、原本の存在並びにその成立について争のない乙第十八号証、農業委員会長名下の職印及び欄外の割印については成立に争なくその他の部分は証人金井恒六郎の証言によつて真正に成立したものと認める乙第十三号証、証人鶴淵又次(第二回)の証言によつて真正に成立したものと認める乙第十六号証(同号証中欄外の白沢村農地委員会長印の成立については争がない)同第十七号証の各記載、証人松井稔、同金井恒六郎、同鳥山鳴、同鶴淵又次(第一回)、同鶴淵寅之助の各証言を綜合すれば、本件農地は前示自創法による売渡に際しては、右売渡を受けるべき者は訴外鶴淵又次であると一般に考えられていたところ、当時本件農地を含む禅定院の所有地の解放の調査立案に当つた当時の農地委員鶴淵近之助が禅定院の所有であつた土地の中同寺院から比較的遠隔の地にあるものは解放するが、鶴淵又次他数名が小作人である同寺院の近くにある本件農地他数筆は右寺院の将来のために住職である原告に売渡すことにより事実上寺院の支配する土地として温存することを図り、たゞ耕作のみはそのまゝ売渡前の耕作者(本件農地については鶴淵又次)に引続き耕作させる意図のもとに案を立て、これにもとずいて白沢村農地委員会において右土地を原告に売渡す計画を樹立したものであつて、鶴淵又次方の農耕稼働人員が老夫婦二人のみで耕作能力がないと判断されたが故に原告に売渡されることになつたものでなく、原告も右の事実を知りながら売渡をうけ一方鶴淵又次はその後も本件農地の所有権が禅定院にあるものと信じて前示昭和二十三年度分から同二十五年度分の小作料の支払も昭和二十六年四月三日までは禅定院に宛てゝなし、原告も同寺院名義でこれを受領していたところ、右鶴淵又次はその頃本件農地が原告に売渡されていることを知り、同年四月七日その娘の婿である鶴淵寅之助と共に本件農地を耕作人である又次及び寅之助に売渡されたい旨を白沢村農地委員会に申請し、それまで右鶴淵又次等の耕作について沈黙していた原告も対抗上昭和二十六年七月十四日に至つて右委員会に本件農地につき右鶴淵又次よりの返還を申請し、且つ右又次の昭和二十六年度分の小作料の提供に対しこれが受領を拒否したものであり、原告はその家族が他に農耕に従事しているものではあるが、自らは前示のとおり住職であり又学校の教師であつて自ら耕作の業務を営んでいるものでなく、結局本件農地の売渡を受けた時から既にこれを耕作する意思をもつていなかつたことが認められる。そうだとすると本件農地はまさに譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものと云わなければならない。

原告は譲渡政令第二条第一項第三号はその前提において自創法第十六条によつて売渡を受けた者が売渡を受けた後に耕作に従事した事実の存在を必要とするものであると主張するけれども、右規定が「自ら耕作の業務の目的に供することをやめようとし又はやめている場合」と云う表現をとつたのは、自創法が適正に運用された場合には、買収された農地は「自作農として農業に精進する見込あるもの」に売渡される結果、かゝる者が耕作に一度も従事しないことは一般に予想しえないことから来たものと考えられること、右規定が譲渡政令第一条第三項の規定に対応して作られたものであること、新たに制定された農地法がなお譲渡政令第二条第一項第三号と同旨の同法第十五条の如き規定を設けてその表現を改めていること、更らに又譲渡政令が、小作地を出来るだけ少くして自作による農地の効用の最高度の発揮を意図する自創法等農地改革法令の立場と同一の立場から立法されたものであることを考えるならば、およそ自創法によつて売渡を受けた農地について、その売渡を受けた者が自らこれを耕作の業務の目的に供していない事実がある以上は、その者がその売渡を受けた後一旦耕作に従事した事実があるかどうかを問わずこの農地は譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものと解するのを相当とし、これと異る見地に立つ原告の主張は到底採用することができない。

又原告は、原告が訴外鶴淵又次から小作料を受領して本件農地を同人に貸渡すについて農地調整法所定の手続を経なかつたので、右賃貸借は法律上無効のものであり従つて右鶴淵は本件農地の不法占有者である、だから本件農地が譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものとして、その強制譲渡計画を樹立するが如きは、ただに違法であるばかりでなく、そのことは又法をもつて不法者を保護する結果となり不当であると主張するけれども、右賃貸借について農地調整法所定の手続を経なかつたことは右の小作関係が賃貸借として法律上の効力を持たないことを意味するだけのことであつて、このことからして本件農地が同政令第二条第一項第三号に該当しないものであると判断すべき理由なく、このことは同条第二項の規定の趣旨を類推して考えればいよいよ明らかであるし、又本件農地がよし将来右又次に売渡されることがあつても、このことから直ちに不法な者を法が保護する結果になるとは云えないから、原告の右主張は理由がない。

なお原告は、本件農地の強制譲渡計画の樹立は、名を強制譲渡計画に藉り、その実既に確定した原告に対する自創法による右農地の売渡処分を取消そうとするものであつて違法であると主張し、本件農地の前記自創法にもとずく原告に対する売渡処分が当時既に確定していることは当事者間に争がないところであるが、本件強制譲渡計画は既に認定したとおり、原告が本件農地の売渡を受けた後自ら耕作の業務の目的に供することをやめている事実があるので、この事実にもとずいて樹立されたものであつて、何も右売渡処分そのものを取消そうとするものではないのみならず、仮りに、それが売渡処分の取消と同様の効果を生ぜしめる目的の下になされたとしてもこのような目的の有無によつて右計画の適否に影響を及ぼすものとは考えられないから原告の右主張も亦理由がない。

以上のとおりであるから、本件農地をもつて譲渡政令第二条第一項第三号に該当するものとしてなされた前示強制譲渡計画について、被告がこれを認可の上その譲渡令書を原告に交付した処分及び右処分に不服があるとしてなされた原告の本件訴願を棄却した被告の裁決はいずれも適法であつて、他に亦違法の廉を認めない。

よつて原告の請求は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 山口恒夫 柳川俊一)

(目録省略)

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